*

自分の選択と意思で進むこと ー最終回ー

毎日0時に更新します。

社労士千葉幸恵のブログにようこそ!

昨日はかなり暑かったですね。

5月の紫外線は、真夏と同じ位強いので、熱中症と共に日焼けにもお気をつけてお過ごしくださいね。

社会人から女子大生になっちゃいました〜!と称して
女子大シリーズをお送りしていました。


3〜4年生時の現役生との関わりや相互に受けた影響についてお話をしてきました。
 
大学生になろうと決心してから、卒業するまでのことを振り返りながら記事を書いていました。
 
今、思っても、自分の
選択」の連続と積み重ねだなあと実感します。

 
もしかすると、ゼミを落ちて、燃え尽き症候群になってしまったかもしれないし、
 
卒業後、大学院試を目指して留年する手もあったかもしれないし・・。
 
決断と「選択」をする上で、学費の面だったり、今後の就職とか、どのような人生を歩もうとするのかなどその都度考えてました。
 
(当時は、クリスマスケーキと言われた時代は超えて、結婚の適齢期とされていたのはみそじ前。
 
周りは、結婚はどうするのと、もう一度騒ぎ出す年齢ですね)
 
だけど、学費が足りないからとか、やっぱり初志貫徹を貫き心理の道に進むと言うような、言い訳的な理由はなかった気がします。
 
 中心にあったのは、
「自分はどう感じたのか」
「どうしたいのか」
でした。
 
何かの理由付けをすれば、できなくはなかったけれど・・。
 
意外と、自分が決めてやってみたこと(行動)した所で、興味関心やおもしろいと思うことを探しあてるのが得意なのかもしれませんね。
 
選択」したことに迷いなく進んで行くからなのかもしれません。
 
動きだすとまた、次の「選択」することが出てくるので、その時を精いっぱい無我夢中でやっていった結果が、今の千葉幸恵の歩いた道として残ったと言うか。
 
全部に共通していることは、
「選択」したことは自分の意思だから、積極的にとりくむと言うことですね。

 
言い方を変えれば、
「自主的」かどうかで推進力(進む力や実行力)はかわると。

 
誰に言われたわけでも、お願いされるのでもなく、自分が決め、自分のためにやる。
 
ある意味、自分の決定や行動に
責任を持つ」と言うこと。

 
勉強をしたり、資格をとったりすることにおいては、私の勘や信念ってちゃんと働く。
 
計画的に限られた時間を最大限使うの得意だし・・・。
 
ただですね、大学生の時と同じことを今やれと言われてもさすがにキツイです。
 
若かったからできたと言うのもなきにしもあらずです。(^-^;
 
 筋が通っているというか、自主的に行動する癖って、限られた人にしかないように思えますか?
 
限られた人だけに実は、備わったことじゃないんです。
 
誰もが実現できるヒントがあります。
 
自分が本当に好きだと思ってすることを何か持つ、そういうものは自然と
「自主的に行動」していたりします。
 
私もものすごくよくある事ですけれど、
「自分はできていると思っていないけれど、はたから見たら、よくできている、やっている」
と言うことがあります。
 
好きこそ、自主性の推進力として、大学生シリーズまとめに入りますね。
 
(まだ、まとめじゃなかったのか・・・(^-^; )
 
ほんとに、あともうちょっとです。
 
お付き合いいただけますか?
 
まとめ(人生において無駄なことはなに一つない)
 
 ここまで、社会人から大学生になり卒業するまでのことをシリーズとしてお話をしてきました。
 
女子大はこちら!!
 
途中で、ゼミ選考に落ちたり、幼稚園に実習に行くことになり顔面蒼白になったり、自分の持っていた資格が収入を得る助けになったりしてきました。
 
プライベートでは、お付き合いする人が出てきたり(今の旦那ですが・・)した結果、
「またもや結婚はどうするの?」攻撃にあったり・・・。
 
記憶に残ることを、まとめて来ましたが、大なり小なりたくさんの事がありました。
 
今振り返れば、先にもお話してきた通り、いろんな選択肢はあったけれども、今に行った人生を歩んでいます。
 
1個1個の出来事は、その時は「挫折」に見えたり、「困難」だった事も正直あります。
 
だけれども、その時に自分に妥協なく、嘘なく、一生懸命やってきた。
 
関連記事:臨床心理士のゼミに落ちる
 
 在学中にした決断の一つで、何がどう活きてくるかわからないものの例として、
「発達心理学」を専門にしたことがあげられます。
 
私には出産、子育て経験はありませんし、心理の専門職で仕事をしているわけでもなし・・。
 
しかし、友人、知人から見れば、心理を専門に学んだ専門家(福祉領域も強い)なんです。
 
まして、気ごころしれているから、話しやすい。
 
話を聞いて、「どんな所に相談する」
「行く前に準備しておくこと(周産期、出産、定期健診、気になり始めた時期やエピソード等まとめておく)」ことを伝える。

 
そうすると、何が起きたかと言うと、友の相談相手になれる(た)だけでなく、友が同じような悩みを抱えたママに対して、経験として伝えていくことができるようになる。
(情報を持った社会資源になる)
 
自分からしてみたら、
「最も予想外の出来事で、学んだことが誰かの役に立つことができた。」
という事でした。
 
「偶然の必然」という言葉があります。
 
たまたまのように思えるけれども、
「そうなるようになっていた」という。

 
苦しい時には、
「こんなはずじゃなかった」と思うのもあり。

 
でも、その時に人や物のせいにして、楽になろうとしないこと。
 
ちょっと一呼吸おいて冷静になってみる。
 
そんなこと無理。私はそんなに強くないからと言う声・・・。
 
ううん、強くなくても、誰でもできるから。
 
まずは落ち着いて、もう一度、自分に聞いてみる。
 
「自分はどうしたいのか」
 
 
どんなに、「その時」は無駄なことのように思えても。
 
きっと、あなたを支える、かけがえのない個性になる。
 
 
「人生に何一つ無駄なことはない」
 
を女子大生シリーズの結びの言葉にいたします。
 
 ありがとうございました。
 
 
【波乱万丈】女子大シリーズ目次はこちらから
 
お わ り !




あの〜・・・。

卒業して精神保健福祉士になったんでしょ?

このブログは社労士千葉ですよ。

社労士のお話いつから出てくるのかなぁ。

 

現役学生との関わり◆〜蠍澆留洞繊 璽ャンパスライフ 3〜4年生ー

毎日0時に更新します。

社労士千葉幸恵のブログにようこそ!

昨日は、ちょっと肌寒かったですね〜。夕方にオフィス常備のストールを巻いて帰宅してまいりました。

ちょっと体調管理が難しい時期ですので、お体に気を付けてお過ごしくださいね。

さて、いよいよ女子大生シリーズは、残すところ2回となりました。

目次はこちら

前回は、3〜4年生に発達心理学を専門とすることになった経緯、
臨床心理士から精神保健福祉士に変更をしたことを女子大生シリーズではお話してきました。

 
資格コレクターでは、精神保健福祉士についてでしたね。

資格コレクター目次

 
今日は、専門分野に入ってからの現役学生との関わりと相互の影響について進めていきます。
 
この発達心理学は、幼稚園教員の免許をとる学生がまとまっているゼミだったので、ある意味、高い目的意識を持った学生の集団だったことが、私には幸いしました。
 
先生も社会人学生をゼミで持つのは初めて。
 
乳幼児や幼児には特に、関心が低く苦手意識が高い割には、先生にイレギュラーな質問をして困らせる学生でした。
 
先生からすると
一筋縄ではいかない」学生・・・かな
(^_-)-
 
3年4年時に2泊3日の合宿もあって、みっちり勉強しましたし・・(笑)
 
ゼミの時間で、ずいぶん自分の内面と向き合ったことや背景をみんなにさらけ出すことも多かったのです。
 
(心理のゼミは、必然的にそうなりますけどね。信頼関係がないと話せないから)
 
みんながやはり、真剣に聞いて一生懸命考えて意見を伝えあう。
 
そこから、どんどんいろんな考えが生まれたり、派生して誰かのヒントになったりがたくさんありました。
 
私は臨床心理分野では
「笑い」をテーマにしようと考えていたので、

「発達心理学」でも「笑い」を使ってアプローチできないかなって思ってました。

 
でも、どういうアプローチをすればとか、全く子供に関心がなかった私は頭抱えていたんですよ。
 
関心がないと言えば聞こえはいいですけど・・。
 
私が幼稚園の実習に行くことになったのも、ゼミ生の一言から。
「笑い」テーマになるよね〜と。
 
「表情乏しい子、気にならない?立派な臨床だよ〜!!」
 
「ただ、姉さん子ども苦手だから幼稚園いく〜?」ケラケラ。
 
「先生とか言われてまとわりつかれたら、顔引きつるかもよ」など。

先生も
「それがいいわ!」「いい論文書けるわよー!!」
「ぜひ行ってらっしゃい!大丈夫よあなたなら」
てなノリでした。

 
かくして、この私が、卒論を書くために観察実習をしに週1回、8か月幼稚園に通うことになったのでした。
(_;)
 
子どもたちからしても、普段実習にくるお姉ちゃんじゃなくて、どうみても年が上なので、最初のうちは、
 
「ねえねえ、今日はママ来る日だっけ?誰ちゃんママ?」と聞かれてました。
 
"(-""-)「私も先生の卵だよ〜・・・。」
 
「うっそ〜。年とってるもん!!おばちゃんじゃん」
 
ぎゃふん。(――;)
 
ゼミの時も授業を受ける時も、1〜2年生の時とは関わる現役学生の顔ぶれも変わるし、話す内容も変わってきました。
 
3〜4年生になると、進路や就職とか、女性としての生き方のような事に関心が高くなってくるんですよね。

 
もちろん勉強の話とかもするんだけれど、社会に出るのがわかっているし、
就職活動をする中で、必ずしも望んだとおりになることばかりではない人も出てきて・・。
 
そんな時に、私達社会人学生が、ずいぶんと助けになったようなんですよね。
 
言わば、社会を多少は見てきた、遠慮なく話せるアネキ分として。
 
元は臨床心理をやりたくて入っているのも知っているから、
「聴いてくれる人」
と言うのはわかっているし。

「あなたはどう思う〜?」とか
「私が決めることじゃないからさ〜」と言っては、

「言ってみたかっただけ!!わかってる大丈夫だもん」とか返されてました。
 
私は、子どものことは、苦手だから、けっこうストレスになったり、どうしたらいいのかわからないこともあったんです。
 
幼稚園教諭になる現役生にけっこう相談したり愚痴ったりしてました。
 
「いいよ、先生でも親でもないから、大人としていなよ」
「感じた通りに動いていいよ」
「関わった子には真剣に向き合えてんだから」
「だから、質問が出るし、悩むんでしょ」
 
と言われてました。
 
もちろん、幼稚園に観察で行くときは、先生の卵というより、一人の大人として行くから、
「危険」とか対応が必要な時は、判断して行動した後、幼稚園の先生に報告ですよね。

 
ケンカだったり、質問だったり、どうまとめたり答えればいいのかとかけっこう鍛えられましたね。

子どもってとても純真無垢だけど
「するどい」ところもあるなとか、
「幼くても自己ってあるなあ」と言うことをしっかり認識した貴重な経験でした。

 
この時ですね、きっと。
「子どもだけど1人の大人と変わらない個」を意識したの。
 
現役生との関わりと言いながら、かなり脱線しました。
 
ゼミの中では、4年生になると卒論のテーマについて進捗状況や観察などに関する報告が多くなってきます。
 
割と仕事をしていた経験って、全体を見たり、客観的に見ることに活きてたように思います。
 
先生のサポート的な役割もしていたようで、全体を見てリーダー役をしたり、調整をする役目を果たしていたようでした。
 
意外としっかりしてるようで、ぼけてるので
 
「ねえさん、幼稚園でエネルギー使い果たした?仕方ないね〜」
と皆が大目に見てくれる。
 
(ゼミは、午前中に幼稚園に行った後の午後1時からでした)
 
今思い出していても、私は大学の思い描いた理想の社会人学生でしたね(*^^)v
(変な自慢しないでよですけども・・・)
 
 卒業して、もう14年が経ちますけれど、7つ年下だった現役生ももう、キャリア的にはベテランの域に入ってくる年になっています。
 
どんな活躍をされていて、どんなお姿になっているかということが楽しみだったりいたします。
 
Facebookなどもありますから、同窓会をしようと声をかければ会えるかもしれないですね。
 
でも、学生の時のように、やりたいことを見つけていつもチャレンジしている私の姿を見て、彼女たちがこれから迎える「40代」を楽しみに生きてくれたら、お姉さんは嬉しく思います。

 今回は、3〜4年生時の現役生との関わりやお互いに受けた影響について話してきました。
 
次回は、自分の選択と意思で学ぶことをお話していきますね。
 
こうご期待を!!
 
つづく

 

ゼミの選択と進路変更―臨床心理士から精神保健福祉士へー 2年生秋

毎日0時に更新します。

社労士千葉幸恵のブログにようこそ!

昨日は、気温はかなりあがりましたが、湿度が低く過ごしやすかったように思います。

しかしながら、なぜかきつめの偏頭痛が出てしまいました。

私の周りでも、風邪をひいている方が見受けられます。
(外が暑くて、交通機関の空調が効いているという差が発生しはじめる時期でもあります)

お体に無理せずお過ごしください。

それでは、女子大シリーズのお話に入りますね。

 【ゼミの選択と進路変更―臨床心理士から精神保健福祉士へー】
 
 
 目次はこちら

 
 前回の記事で、「臨床心理学のゼミ選考に落ちた」話をいたしました。
 
「臨床心理ゼミ」とれなくても、他の
「心理学ゼミ」に入って先(
臨床心理士)
を目指すのもありじゃん。
 
「そういう選択肢は頭になかったの?」という疑問持たれますか?
 
道が閉ざされたわけではないのです。
 
「臨床心理士」を目指さず別の道を見据えることにしました。
 
理由は3つ。
 
 ここで、当時の私の選択をチャートにしてみます。
 
こんな感じです。
 
ゼ ミ に落ちた ガーン!
   ↓  
大学院予備校に通う  
   ↓  
 今の時点で適性はない  
(だから落ちた)  
   
2年も予備校に通っても先は見えない
   ↓  
  却下  
       
 
ゼ ミ に落ちた ガーン!
   ↓  
宗教や教育のゼミをとる
   ↓  
なんのために大学へ(・・?
   普通に就職してもなぁ?
   ↓  
  却下  
     
 
 
ゼ ミ に落ちた ガーン!
   ↓  
心理を活かせる仕事はある?  
心理でご飯は食べられない  
   ↓  
精神保健福祉士という福祉分野の資格を知る
   ↓  
今後、精神&心理系の悩みを持つ人は増えそう(勘)
   ↓  
卒業後、夜間通学の1年の専門学校がある!
   ↓  
精神保健福祉士に進路を変えよう  
   ↓  
であれば、ゼミはどうする?  
   ↓  
心理系のゼミをとって学ぼう  
(モチベーションを落とさない)  
(人生を積極的に生きるのだ)  
         
 
 
このチャートを、文章にして、気持ちを詳細にしてみるとこんな感じでした(^-^;
 
さて、ゼミ落ちちゃったし、どうしよっかなあ〜・・・

1.「臨床心理士の適性は現時点でない」と感じた
 
その時の私は、
ゼミを落ちた」時に20代後半の私が2年間、別の路線を学んで(例えば発達心理学ゼミから)臨床コースを狙っても、臨床心理士の適性は育ってないだろうと感じてたんです
 
ちょっと順番が前後しますが、基礎ゼミの先生の本ゼミを希望して落ちたので、選考に落ちた際、お話する時間をとってくださったんですね。
 
その時に、無理でも強がりでもなく、実感したんですね。
 
2.「精神保健福祉士」という資格と仕事に進むと決心した
 
 私が大学に入学する前から、「心理、カウンセラーでは食えない」とずっと言われてました。
 
大学院を出て、「臨床心理士」になれても働く場所がなかなかない状況でした。
 
今でも、認知度や必要性が高い割には、「カウンセラーは食えない」というのは、状況的に対して変わってないと思います。
 
(例外として、心屋仁之助さんのような方はいらっしゃいます。
 ちまたで人気のあるカウンセラーと臨床心理分野で活躍されている臨床心理士やカウンセラーはカラーが違う気がします)
 
また、脱線して・・。失礼。
 
次のゼミ申込みをするまでに1週間位しか期間はなかったのですけれど、私のハラもう決まっていたのです。
 
「精神保健福祉士」に目標を切り替える!!
 
この時決断をした時に、私は2年生だったので、精神保健福祉士は国家資格になって2回目の試験が行われる年でした。
 
(大学に入る時は、できてなかったし、知らない資格だったんです・・)
 
社会福祉士という資格は昔からあって、漠然とどんな資格や仕事をするのかは知っていました。
 
調べたら、学ぶ科目や求められていることに対して、心理学の知識を活かすことが充分できる資格だった。
 
精神保健福祉士の詳細は次回の記事にて。
(先にちょっと予告を・・)
 
だからというか、心理学から離れず、2年間の学生生活を送るうえでモチベーションをさげず、過ごすことを考えたのですね。
 
相変わらず、学費をかせぐと言う状況は変わっていないので、福祉学科の科目を入れてしまうと稼ぎにいけなくなるので・・・。
 
専門学校の授業で受講することにしました。
 
(大学で単位取得して、何教科か授業料、単位免除してもらっても、試験の時には免除にならないので、忘れちゃいますよっていう屁理屈です (^-^; )
 
でも、変な自信でしょ?
 
精神保健福祉士取得できる夜間専門学校に間違いなく自分は受かると揺るぎない自信があるのですから。www
 
 
3.心理学から離れず、モチベーションを落とさないゼミを考えた
 
臨床心理のゼミは取れなかったものの、卒業後の進路を見据えた時、心理の周辺分野を学んでいることは、私にとって大事でした。
 
ただ、心理学関連ゼミ(「死生学」等)は、最初に希望した学生でほぼ埋まってしまってます。
 
第一希望選考で落ちた学生は、席が残っているゼミの中から選択をします。
 
選択肢で残っていた心理分野は、
「発達心理学」(乳幼児から児童中心)
「社会心理学」(コンピューター、英語、統計駆使)
 
「社会心理学」担当の先生ですが、所属学部の中で一番単位取得及び
「優」が取りにくい先生。

 
(成績 優 100〜80点 、良 79〜61、可 60 不可 60以下)
 
授業はおもしろいし、記憶に残る授業は多々あるのですが、私の力量だと逆立ちしてもついていけそうにありませんでした。
 
いかんせん、英語、統計苦手でしたから・・・。
http://chiba-sr.jugem.jp/manage/?mode=write&eid=20


 
後は、宗教学、教育学でした。
 
2年間取り組み、なおかつ入ったゼミで
「卒業論文」を書き上げ、単位をもらわなければ卒業できません。


全く自分が苦手とか、反発を感じてしまって取り組めないとかだと大学に行った意味もなくなっちゃうし・・・。
 
明確に進路を見据えていたとしても、2年間は長い。
「心理分野」からまるっきり離れてしまうと、モチベーションが下がってしまうし。
 
気持ちが折れるかもしれない。
 
そういう意味で、
「発達心理学」は4人しか残り枠がないところを受けにいきました。

 
めでたく?
「発達心理学」を専門にすることが決まりました。

 
先生も、米ドルが360円の時代にアメリカに留学して、発達心理学の大家と言われた
「ボウルヴィ」「スピッツ」に直に学んだ実はすごい人でした。
(^-^;


 
(画像はおかりしました)

ちなみに、スピッツは研究者の名前・・。

 
それは、さておき。
 
先生の指導方針は、乳児や児童を観察して論文を仕上げる形。
 
でも、学生と話し合ってどうしても、自分のテーマが観察にそぐわない場合は、学生の想いを尊重してくださる方でした。
 
臨床心理学はどちらかと言うと、大人の相談にのるイメージをもたれると思うのですが、いかがですか?
 
私も、興味関心が大人にあったので、いきなり、
「発達心理」と言っても研究テーマとか思い浮かばなかったんです。

 
3年生のうちから、4年生の卒論のテーマを絞るために準備をするわけですから、かなり四苦八苦でした。
 
ただ、他にも摂食障害とか親子関係とか学習環境に関心があるゼミ生もいて、研究テーマの切り口探しや、数十年たった後に私の無形財産になった知識がたくさんありました。
 
そんなこんなで、臨床心理ゼミに落ちたことから、私の人生は2回目の大転機を迎えました。
 
次回は、私が進路変更をして目指すことにした
「精神保健福祉士」とはどんなものなのか。

 
資格コレクターからお送りする予定です。
 
こうご期待を!!
 
つづく。
 

私が臨床心理のゼミ選考に落ちた理由 ー2年生 秋ー

毎日0時に更新します。

社労士千葉幸恵のブログにようこそ!

昨日はものすごい雨でしたね。

バケツの水と言うより、お風呂の浴槽をひっくり返した位の量だったように思いました\(◎o◎)/!

気温もかなり下がりましたが、明日からは各地で25℃を超えるとか。

私の周りでも風邪をひいているかたが多いです。

体調と熱中症にくれずれもお気をつけてくださいね。

 さて、女子大シリーズ、佳境に入ってきました。

では、お話を続けていきますね。

【私が臨床心理のゼミ選考に落ちた理由】
       
 
 前回は、女子大生シリーズでは、学業(アルバイト)のことをお伝えしていました。

覚えていらっしゃいますか?
 
ちょっとだけおさらいがてら説明すると、今までの記事は1〜2年生時中心のお話でした。
 目次はこちら

今日からのお話は、丁度2年生の秋〜4年生まで、卒業後の進路をどうしようか真剣に考えたという時期の出来事が中心になります。
 
 私が学生だった時の同じ学科の同学年の学生数は定かではないのですが、ちょうど
「ち」で始まる名字だったので、学籍番号は150番代のほぼ真ん中位だったと記憶してます。

 
仮に300人同学科の生徒がいたとして、全員が希望のゼミを取ることはできません。
(300人より少なくはなかった)
 
なぜならば、臨床心理ゼミは2つのみしかなく・・・。
1ゼミ1担当教員で20人定員。
 
臨床心理学」のゼミを取ることができる人は、40人のみ。
 
かたや、3分の2位の学生は
「臨床心理学」を学びたくて、大学に来た人ばかりですから、競争率も半端ないのです。

 
学生が300人としても5分の1・・・。

ということは、5人に1人しか
「臨床心理士」になる王道切符をその時は手にできない・・・。(※ 後で触れます)

 
 母校では、3〜4年生で専門を絞って学ぶ本ゼミの前に、2年生からどの学生も
「基礎ゼミ」が必修になっていました。
(基礎ゼミ選考もあり。競争率ほぼ本ゼミと同様)
 
「本ゼミ」に進む前の準備として、集団討議や取り組み姿勢になれてもらうという目的もありました。
 
前段の私の状況を説明すると、基礎ゼミでは
「臨床心理」ゼミとれてたんですよね〜。

 
油断してたわけでもなく、ホントに真剣に取り組んでましたよっ!!(笑)
 
 
 しかし!!
 
臨床心理ゼミ選考にオ・チ・ました」 (>_<)
 
 
だけど、今になって思うことですけども。
 
20代後半の私では、臨床心理士となって、心を仕事の道具にして人に添うことはできなかったのです。
 
自分が抱えている気が付いていない傷つきとか、問題を全く理解したり直視できてなかったんですよね。
 
自分をいわば、持て余しているとか、直視できてない人は、人の問題にしっかり添って、相手の力を活かした援助や支援はできませんからね〜・・・。
 
相手の心をこじ開け、傷口に塩塗り込むのが関の山です。
 
この「心で添う」とか
「心のしなやかさ」とかって、人生経験や年齢じゃないんですよ。

 
やっぱりその時の(年単位レベルでの)適性ってあると思います。
 
そういう意味では、その分野の先生達と言うのは、人を見る目もしっかりされていたなと思います。
(今さら、感心してどうすんのってツッコミされますか?(^-^; )
 
選考方法:論文
 
課題:「西の魔女が死んだ」 梨木 香歩 著 を読み、
臨床心理学と自身の研究テーマについて述べよ。

 

―あらすじ
中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、季節が初夏へと移り変るひと月あまりを、西の魔女のもとですごした。
 
西の魔女ことママのママ、つまり大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受けるのだが、魔女修業の肝心かなめは、何でも自分で決めるということだった。
 
喜びも希望も、もちろん幸せも・・・。
                                              ここまでー
 
字数については、指定があったと思いますが、さすがに、まもなく20年近く前になってしまうので記憶がないです・・・。
スミマセン
(_;)
 
たぶんという憶測ですけれども、
「課題図書を読み、臨床心理学的な解釈を述べよ」
だったらもしかしたら、別の切り口や論文の書き方があったかもしれないと。
 
どうしても臨床心理を取りたかったら、
 
「課題を素直にとらえず、自分のテーマは封印して、臨床心理について課題図書から考えたことを論じる」
 
という方法もあったかもしれないですね(^^;
私は「笑い」が人に及ぼす影響を臨床心理として研究したかった。
 
昔から、けっこう直球勝負と言うか、まっすぐにとらえがちだったんですね。www
 
課題図書と「笑い」をどうやって結びつけるのか、迷いどうやってまとめるのか物凄く悩んだ記憶があるのです。
 
そこは、鮮明に覚えています。
そんな状態だから、確固たる自信を持って論じてなかったかと。
 
 また、選考が終わった後に、落ちた学生と一人一人話す時間を先生が作ってくれました。
 
その際、(基礎ゼミ担当の)先生だったから、このような言葉をくださいました。
 
「臨床心理に関する想いや考察をきちんと表現できる力が足りなかったところを気が付いて指導できてなくて申し訳ない」と。
 
この時は、涙があふれそうになりました。
 
落ちた時点でけっこう、私は次にどうするのか結論を持っていたので、気持ちはすっきりしてました。
 
(強がりではないですよ。)
 
涙があふれたのは、臨床心理を学ぶ目的で入った学生がゼミを取れないという一つの挫折体験ですよね。
 
しかも、社会人だった人が、今までの生活を捨てて、大学に来た。
その思いが当分2年間は、遠回りか、断念につながる可能性もある。
 
そこを心配してくださった。
 
私が指導をあおぎたいと思った先生は、落ちた学生みんなに時間をとってくれました。
さすが、臨床の第一戦でご活躍とご指導をされる方だなと感じたのです。
 
(女性の先生で今でも、母校と大学院で教えておられます)
 
この面談があった時に、私は先生の言葉がそのままじゃなくて、表情や言い方から、なんとなく、
 
「臨床心理に必要な心の柔軟性がまだ足りてない」
と聞こえたような気がしたんです。
 
真面目すぎて心が固かったなぁ。(しみじみ)
 
この記事を書くために、あらすじを久しぶりに読みました。
 
今の私だったら、どう論じるだろうか。
 
「今」40代まで生きてきた私がこのあらすじを読んで心に響く部分は、
 
魔女修業の肝心かなめは、何でも自分で決めるということだった。喜びも希望も、もちろん幸せも・・・。
 
いくつになっても、
「自分で決める」「責任を持つ」ことの選択の連続ですね。

 
全て自分で決めると言うことは、自分と向き合うこととか、魔女の見守る姿勢とか、人の心に添うこととか、人としての生き方で大事な事てんこもりです。
 
久々に、
「西の魔女が死んだ」をゆっくり読んでみたくなりました。

 
ゼミを取れなかったという事が、私の人生の転機になります。
 
この時、どんな事を考え、目まぐるしく頭を働かせていたことは、次回にお話をしていきますね。

 
 次回は
【ゼミの選択と進路変更―臨床心理士から精神保健福祉士へー】です。

 
こうご期待を!!
 
つづく。

学費とアルバイト ーキャンパスライフ1,2年生ー

毎日0時に更新します。

社労士千葉幸恵のブログにようこそ!

 
JUGEMテーマ:バイト体験記


【アルバイト ―学費― 】
 
これまでは現役生との関わりについて書いていきました。
学業、現役生徒の関わり
私の福祉の原点、車いすの同級生 

 目次はこちら

 いきなりですけれど、私大の学費ってなんで高いんでしょーかっ!!
 
かつて
「大学は大人の幼稚園。なのにお金ばっかり飛んでいく・・・」
と名(迷)言を発した人(おじ)がおりました。
 
自分で働いてお金で大学に行っていた時に感じたことですけれども・・。
 
羽がついてふんわり飛んで行く→×
 
ジェットエンジンがついたようにマッハの早さで飛んで行く。
 
私大付属に行かれた方やお子様が進まれている方はご存知かもしれませんが。
 
授業料の前に入学金等まず多額に出ます。
 
4年でざっと500万。
(お金の具体出してしまってスミマセン。)
 
「働いてたんでしょー」って意見もありそうですけど。
 
正直言って、入学金と初年度学費の200万位しか貯金ありませんでした。
(――;)
 
証券会社で数字に追われていた6年間、スキーに行ったり飲みにいったりしてまして・・。


なんらかの形で発散しないとおかしくなりそうで、使っていました。
 
それで、2年目以降の学費を1年生の時から考えて作っておかなくちゃいけなかったんですね。
 
幸いな事に、学費は半期にわけて支払うこともできたから、まだよかったですね。
 
それでも、半期に50万前後を、平日の6時以降と土日、夏休み春休み等のアルバイトで稼ごうというわけです。
 
無謀ですね〜・・・。
 
 
1年生の12月まで、パチンコ屋さんや美容院の受付をかけもちしたりしてました。
 
時給800円とかでも、
働けるなら」という感じでした。

 
若い(20代後半)からこそできた事でもありますね。
 
このような経験をしてから、一層お金のありがたさとか、親のありがたさや大変さを知ることができたのですね。(遅まきながら)

1年生の夏休みは、短期で1週間の派遣に行ったりしていました。
 
(派遣は交通費が出ないが時給が1,500円ほど。仕事と期間があえば、現役生にはないお金を得る働き方)
 
今、思うと、この時社労士の仕事の一端をお手伝いしていたんです
 
4月〜6月のお給料で10月から払う健康保険料と厚生年金の保険料等級を決める標準改定のチェックしてました。
 
(受験勉強している時に、昔やったの、この作業だと気が付いたのです )(.;)
 
脱線しましたね〜。

 
 【電話番号案内】
 
 ちょっとお金で楽になったのは、1年生の12月に電話番号案内のアルバイトを始めてからでした。
 
時給が1,000円!お正月など、人がいない時に出ると時給アップ。
 
携帯電話からかかってくる全国レベルでの電話番号案内です。
 
住所と名前から固定電話番号を探して案内します。
 
例:中央区の区役所代表番号
 
  東京ディズニーランドの番号
 
この当時は携帯電話会社もドコモを除いてまだエリアごとに会社があったんですね。
 
例えば「ツーカーセルラー沖縄」「au北海道」とか。
 
それで、千葉県や東京都などのように、全国で
「中央区」はたくさんあるので、何県か何市の中央区か確認しないと、探すことができないんです。

 
北海道だからと思って答えると、
「東京のだよ!」と言われ、

「あー携帯電話だもんね。どこからでもかけられる〜」なんてこともありましたwww.
 
どこで電話をとっているかは企業秘密。
 
地名やら、電話応対の基礎、クレーム対応、ブラインドタッチはこのアルバイトを始めたおかげで身につきました。
 
平日の午後6時〜夜10時。
土日祝日、午後2時〜夜10時
長期休暇中は8時間。
 
3年生の9月に証券会社での派遣のお仕事見つかるまでこのペースで働いてました。
 
かれこれ、大学卒業した年の3月末まで、3年4か月やっていました。
 
ベテランアルバイトでしたね。
 
 いたずら電話も多いし(芸能人の名前とか)、探す名前がわからないのに探してとか無理難題や暇つぶしのお電話があったり・・・。
 
私の仕事のスキルとして、後々役に立つことになろうとは。
その時は全く予想もしていませんでした。
 
 【証券会社の派遣】
 
 証券会社の派遣で仕事を始めた頃には、既に大学を卒業後に、資格取得の為に1年専門学校に通うことを決めていました。
 
後日、お披露目の予定です〜。
お楽しみに。
 
 私のキャンパスライフにおいて、学業をしっかりやりながら学費を工面することはけっこう大変なことでした。
 
お給料日が支払い期日に間に合わず、母に建て替えてもらうなんてこともありました。
 
(そんなに、ぎりぎりの時もあったの?あったんです)
 
それが圧倒的に楽になったのは、3年生の9月に証券自由化によりインターネット証券会社が設立されたことからです。
 


電話番号案内、証券オペレーターの時ヘッドセットをして、両手が自由に使えるようになってました。

この癖がつくと、ヘッドセットをしたまま、「少々おまちください」と言って調べ物にたつ際、そのまま動こうとして、ヘッドセットがPCから抜けるという事もしばしば・・・。

脱線失礼しました・・・。


関連記事:
証券外務員2種 
・証券外務員1種
(近々公開予定)
 
 
3年生になると学校に行く時間が1〜2年生に比べて少なくなります。
 
設立された証券会社は当初午後8時までお仕事時間でした。
 
平日の午後3時〜午後8時まで1日5時間週に3日 時給1,500円。
 
それも、営業をせず、用があったり質問があると電話をかけてくださったお客様の応対でよい!!!
 
しかも、証券の営業でさんざん苦しみ、
「もう証券なんて二度と働かない!」と言っていた世界で働く。
 
1年で学費120万程。
 
大学に入った当初は、約500万を4年で払う予定でしたが、卒業後の進路が明確になり、総額620万ごえ。
 
2年生から引き続き年間100万円の学費を4年間捻出する生活を送っていたのでした。(@_@)
 
この感、風邪をひくようなことはあっても、寝込んでしまって動けないなんてことはなく・・・。
いくつになっても、始めることに限界はないとは言うものの。
 
今四捨五入するとアラフィフになり、同じ生活をできるかと言われたら厳しいですね。
 
やっぱり若さと情熱のなせたことと言えるのかもしれませんね。
 
 
 次回の記事は、女子大シリーズをお休みして資格コレクターをお届します。

女子大シリーズとしては、私の人生の2番目の大転機。
臨床心理のゼミ選考に落ちた理由」です。

こうご期待を!!!
 
つづく


カテゴリー

アーカイブス

recent comment

  • 【平成29年サンタ企画】お・ヒ・ロ・メ!! 募集は4日から!
    ミルラ
  • 80年代伝説バンド、夢か幻?垂涎の集結ライブ決定!
    千葉幸恵
  • 80年代伝説バンド、夢か幻?垂涎の集結ライブ決定!
    のぞみュー
  • 花魁道中(おいらんどうちゅう)いよいよ始まったよ〜!!
    千葉幸恵
  • 花魁道中(おいらんどうちゅう)いよいよ始まったよ〜!!
    Miki
  • 花魁道中(おいらんどうちゅう)いよいよ始まったよ〜!!
    千葉幸恵
  • 花魁道中(おいらんどうちゅう)いよいよ始まったよ〜!!
    hukurou
  • エントリーナンバー2 後編 輝きは石の中の○○
    千葉幸恵
  • エントリーナンバー2 後編 輝きは石の中の○○
    Miki
  • 美女と野獣&色石、千葉は〇屋(・・?のハナシ
    千葉幸恵

プロフィール

笑顔で働こっ!内を検索

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM